朝8時ぐらいに目覚めると、ここが異国であることが不思議だったが、いつものように身支度をした。 おなかはあまり減ってないけど、昨日街で見かけた、香港で流行ってる店でご飯を食べるか。 そこは、香港の『TOKYO WALKER』のようなものにも紹介されており、香港料理の美味しい店で、香港の若いカップルが行列のように並んでいた。 確か、重慶大厦(チョンギンマンション)からそれほど離れていなかったような気がする。 彌敦道(ネイザンロード)を歩いていると、香港のカラフルな看板が私が異国にいることを実感させてくれた。 小道に入った道の角っこに確かあったな。 あれ、この道じゃなかったかな。 もうちょっと海のほうかな。 おかしいな、ここにもないな。 いくら歩いても見つからない。 方向音痴と、物忘れの激しさは、ここでも健在である。 私は、極度の方向音痴で、昔営業をしていた頃には地図を見てお客さんの所に行くのだが、近くまでは行けるが、その後同じ所をぐるぐる回ってしまい、結局たどり着けずに、お客さんに迎えに来てもらったことが結構あった。 だから、いつも1時間は余裕を見て出かけていた。 そんな方向音痴とは、長い間付き合っているので、たいして気にも留めず、気長に探していたが、どうにも見つからない。 もういっか。 歩き疲れたのと、見つからないだろうというあきらめから、近くにあった多來試という店に入ることにした。 日本で言う定食屋みたいなこの店に入ると、おばさんが注文を取りに来た。 なんだこれ。 メニューを見ると、すべて漢字で書かれており、なんとなくしか分からない。 早食(7:00~11:00)、米粉、22ドル。 多分、朝定食で、7時から11時まで食べられるんだな。 数字が1から5まであるから、この中から1つ選べばいいんだろう。 おばさんに、朝定食の2番を指さすと、何かしきりに言っている。 なんだろう。Vサインをしている。 なるほど、1から5の中から、2つ選べってことなんだな。 私は、何なのか分からないけど、2と4を選び、あとセットについている紅茶を頼むと、何が来るのかワクワクしながら待っていた。 しばらくすると、定食が運ばれてきた。 自分の中では、ご飯に、おかずが2品運ばれてくるものだと思っていが、そこには自分の予想していたものとは、はるかに遠いものが運ばれて来た。 それは、肉の角煮みたいなものと、目玉焼きが乗っている、お茶碗ぐらいの大きさの麺類だった。 麺はラーメンの麺というより、ビーフンだった。 そうだよな。 米粉(ビーフン)って読むんだ。 でもあんまり美味くないな。 それでも、すべて平らげるとお腹いっぱいになった。 それじゃ、早速香港島に行くか。 香港島は海で囲まれているため、行くには車、地下鉄、フェリーのどれかしかない。 私は、初めからフェリーで行こうと決めていたので、香港文化中心の裏にあるフェリー乗り場に急いだ。 フェリーには1階と2階席があり、2階席のほうがちょっと値段が高くなっている。 私は、1階席の料金 1.7ドルを払い、フェリーに乗った。 これがあのスターフェリーか。 本で読んだときには、結構遠くまで乗っていくようなイメージがあったけど、そうでもないんだな。 実際には、10分ぐらいで香港島の中環(セントラル)に着いた。 中環は香港の経済の中心で、高層ビルが立ち並び新宿のような感じだ。 特に見たい所はなかったけど、街をぶらついてみた。 あっ、そうだ。 確か、香港はエッグタルトの本場とか誰か言ってたな。 ちょっと探してみるか。 皇后大道中(クイーンズロード)を抜け、 雲咸街(ワンハムガイ)を、荷李活道(ハリウッドロード)の方に行くと、そこはヨーロッパを思わせる建物と、画廊が軒を連ねている。 その一角に、泰昌餅屋というエッグタルトの老舗があった。 なぜ老舗だと分かったかと言うと、店の中に創立何年という額縁と、大統領のような偉い人が来た写真が貼ってあったからだ。 そこで、エッグタルト 3ドル 1つを買うと、食べながら街を歩いた。 さすが本場のエッグタルト。 なのかな?! 実は、私は日本でエッグタルトを食べたことがなく、違いが分からないのだ。 香港のエッグタルトは、温かく、真中のカスタードクリームが、プリンプリンしていて、卵の風味を程よく残している。 なんとなく本場と言う言葉に納得させられ、店を後にした。 中環を歩き回り、行くところもなくなったので、地下鉄に乗って、銅鑼灣(トンローワン)に行く事にした。 ここは、香港の下町的存在らしい。 地図を見ると、維伊多利亜公園(ビクトリアパーク)という、大きな公園があったので、まずはそこに行ってみよう。 香港の公園は、日本で言う動物園のような感じである。 象とか大きい動物はいないが、鳥とかを檻に飼っていたりする。 そう、公園に来たのは、ちょっと歩き疲れたからだったのだ。 ベンチに座り、サッカーをやってる少年たちを見ていると、知らない女の子がいきなり広東語で話しかけてきた。 ちょっと期待していると、手に持っていた紙袋から、その女の子は髭剃りを取りだした。 何を言っているのかよく分からなかったが、動作を見ていると、何やら、この髭剃りは、パワーが強く、バッテリー時間も長い、しかも、もみあげ剃り機もついて、なんと300ドルと言っているようだ。 そうか。 だいたい6千円ぐらいだな。 すぐにお金の計算をしてしまう、いやらしさを感じながら、この子は何で私に声をかけたのか考えていた。 そうだよな。 ぶしょう鬚を生やした顔を見れば、まさに絶好のターゲットだよな。 私は、女の子に、 「いらないよ。」と英語で言うと、 女の子は、私が英語を喋ったことにちょっとびっくりして、外国人にいきなりこんなことを言ってごめんなさいと、いった表情で、 英語で、「大丈夫。大丈夫。」 「またね。」と、言って去っていった。 歩き疲れたためか、天気がいいためか、ちょっと眠くなってきたので、私は噴水の近くで、横になる事にした。 天気がよくて気持ちいいな。 今ごろ皆日本で働いてるんだろうな。 そんなことを考えているうちに、私は深い眠りへと入っていった。 気がついたのは、時計も夕方4時を回った頃。 周りに人も結構増えていた。 見ると、噴水に船のラジコンを浮かべて遊んでいる人がいる。 一人は、スターフェリーのような旅客船。 ポンポンと煙を出しながら、のどかに進んでいる。 もう一人は、近代的なモーターボートでウィーンという機械音を出しながら、噴水の中を駆け回っている。 それを会社帰りのサラリーマン達がのんびりと見ている。 そこに、ものすごい音を出す高速船を持った人が現れ、今まで、のどかだった噴水が急に騒がしくなった。 しかし、その高速船はどうもエンジンが調子悪いらしく、陸上ではものすごい轟音をとどろかせているが、水に浮かべるとエンジンが止まってしまう。 何度かチャレンジしていると、やっとものすごい勢いで、船が走り出した。 しかし、噴水を2,3周したところで、プスン プスン プスン と噴水の真中でエンジンが止まってしまった。 持ち主は、ポケットから重りの付いた釣り糸を取り出すと、船の方に投げ、何とか引き寄せようとするが、どうにも上手くいかない。 スターフェリーの叔父さんに押してもらうように頼んでいる。 ゆっくりと、スターフェリーが高速ボートに近づいていき、体当たりするが、ちっとも動かない。 こんな様子をしばらくボーと横になって見ていた。 そろそろ行くか。 私は、重い腰を上げ駅へと向かった。 今日は香港に来たら誰もが絶対に行くという、夜景の見えるポイント、ビクトリアピークにいく予定だった。 ビクトリアピークは、 中環からトリムと呼ばれるケーブルカーに乗って行く事が出来る。 とりあえず地下鉄で中環に戻った。 中環の駅の前から、トリム乗り場までの無料送迎バスが出ていたが、私は街を見ながら歩いて行く事にした。 これが運命の分かれ道だと、そのとき私は知る由もなかった。 駅からトリム乗り場までは、地図で見ると歩いても15分ぐらいの距離であった。 結構坂道が多いが地図を見ながら、一歩一歩進んでいく。 しかし、いくら経ってもトリム乗り場が見つけられない。 15分が過ぎ、30分が過ぎ、1時間が過ぎたころ、自分が目的地をはるか通り過ぎている事が分かった。 今度はこまめに地図を確認しながら、慎重に歩き、目的地を目指した。 トリム乗り場を見つけた時には、中環の駅を出てから、すでに2時間が経っていた。 陸橋の下にあり、ちょっと分かりにくかったが、トリム乗り場と書いてある。 改札口で往復の切符を買い、しばらく待つと、2両編成のトリムが来た、私は町並みが見える右側に座り、トリムに乗っていった。 おいおいおいおいおい。 この乗り心地が結構大変なのである。 言うなれば、ジェットコースターの始めの坂を登る感じ。 結構急な角度で、首が疲れた。 窓を見ていると、香港の町並みが見え、 高台の辺りには、高級そうなマンションや、別荘が見える。 いいな~。 やっぱりこんな所に住む人は、お金持ってるんだろうな。 あの高層ビルの最上階に一度は、住んでみたいね。 そんなことを考えていると、頂上に到着した。 まずは一番屋上の展望台に行ってみよう。 ここが、あの有名な観光名所か。 展望台には、人がいっぱいいて混んでいた。 人ごみの間から、とりあえず見てみた。 100万ドルの夜景ってこんなもんか。 まだ、ちょっと明るいが、期待していたより感動しなかった。 何か違うな。 そうなのだ、私は展望台の敷居というか、柵が気に入らなかったのだ。 もっと、自然な景色がないかな。 私は、展望台を降りて建物の脇を歩いていくと、歩いて山を降りることが出来る、散策道があった。 しばらく、散策道を歩くと、目に飛び込んできたのは、見渡すかぎり一面の夜景。 目の前に遮る物がなく、香港の町を一望できる場所だった。 辺りには、カメラマンらしき人が一人三脚を立てて構えていた。 後であの人に写真とってもらおう。 私は、岩に腰を下ろし、その景色をただボーっと眺めていた。 ほんとにきれいだわ。 辺りが暗くなりだし、ビルの窓の明かりがポツリポツリとついており、左側の高層ビルが七色に変化して、香港の夜景にアクセントをつけている。 重慶大厦は、あの辺かな。 そんなことを思いながら、100万ドルの夜景を目に焼け付けるように見ていた。 以前、知り合いに香港の100万ドルの夜景は、香港ドルなのか、米ドルなのか、どっちだろうね、という話をされたことがあるが、 私は、この夜景は、米ドルだなと思った。 ちょっとあのカメラマンに写真とってもらおう。 「すいません、写真とってもらえますか?」 英語で話しかけると、カメラマンは私の顔を見て、 「いいですよ」聞きなれた言葉で返してきた。 40歳ぐらいのこのカメラマンは、 今回6日間の予定で日本から香港の町並みを撮りに来たらしい。 使い捨てカメラを手渡すと、さすがカメラマン。 座る位置や、方向、構図をいろいろと指示してくれた。 私は、素直にそれに従い、1枚写真を撮ってもらった。 出来た写真が楽しみだなと思った。 カメラマンの方も一人で来ているらしく、一人で食べると中華料理は量が多いよねとか、マカオの話し、香港の話をいろいろとカメラのファインダーを覗きながら話してくれた。 その人によると、ここビクトリアピークは、ちょうど今の時間。 7時から8時が一番いいらしい。 街に灯りが燈りだし、昼間の顔から、夜の顔に変わる瞬間。 それも、15分間ぐらいが一番きれいだと言っていた。 カメラマンが言うんだから、本当だろう。 私は仕事の邪魔になってはいけないと思い、しばらくして礼を言うと、 別れ際カメラマンは、 「いい旅を」と、手を上げた。 「Have a nice trip.」 決り文句のように英語ではよく使うが、 「いい旅を」 日本語で聞くと、すごく心地よく、いい言葉だ。 改めてその言葉のよさを感じた。 そろそろ帰るか。 乗り心地の悪いトリムに乗って、下に下りると、帰りは間違えずに中環に着くことが出来た。 また、スターフェリーで九龍に戻ると、軽くご飯を食べ、部屋に帰った。 今日は、歩き疲れたからちょっと早めに寝よう。 シャワーを浴び、目を閉じベッドに横になった。 体は疲れているのだが、どうにも寝つけない。 そんな状態が何時間続いただろう、急に部屋中にけたたましい非常ベルの音が鳴り響いた。 頭の中に、ここの重慶大厦は構造上、火事になった時は危ないと言う事が頭を駆け巡った。 すぐに、ズボンをはき、財布を持って部屋を飛び出すと、他の部屋もいろんな人が、ポツポツと顔を出した。 一人のインド人が私に向かって、怒ったように怒鳴ってきた。 たぶん「何が起こったんだ」と、言っているのだろう。 私は、「わからない」と言い、すぐに宿の親父を呼びに行った。 階段を使い、5階から3階に降り、親父の部屋の扉をたたくと、しばらくして、目を擦りながらパジャマ姿の親父が出てきた。 「ベルが鳴ってるんだ」親父に興奮気味に言うと、 親父は何を言ってるのか分からないと言った表情で私を見つめた。 「5階で、非常ベルが鳴ってるんだ」そう言うと、 急に親父の顔が変わり、 「ちょっと待ってろ」と言い、 急いで着替え、部屋の鍵を持って出てきた。 階段を、親父と一緒に上り、5階に行くと相変わらず非常ベルが鳴り響いていた。 廊下にはさっきのインド人や、他の人も出てきている、親父は、鳴っている非常ベルを確認し、部屋の中の防災システムを見ると、原因がDORAGON INNではなく、隣のゲストハウスだと分かったらしく、隣のゲストハウスの、防災システムを調べた。 防犯システムの扉を開け、スイッチを押すと、今まで鳴り響いていた非常ベルは止み、急にまたさっきまでの静けさが戻ってきた。 親父によると、煙草の煙に防犯システムが反応したのだろうと言う、仕事をやり終えた親父は、 「もう、大丈夫」と言い、さっさと帰ってしまった。 挨拶を交わし、私達も各々の部屋に帰ることにした。 ズボンを脱ぎ、ベッドに横になるが、先ほどの興奮がまだ冷めやまず、私はしばらく寝つく事が出来なかった。 窓を見ると、外はうっすらと夜が明けようとしている。 |
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